2014年11月1日、東大SPH同窓会は、京大SPH同窓会と共同で、6回目となるサロンを開催しました。東大SPH同窓会が単独で開催していた【同窓会サロン】から通算すると、11回目の開催です。東大・京大・帝京大といった各大学のSPH同窓生・現役生など、約30名の方にご参加いただきました。
今回のテーマは、HIA(Health Impact Assessment、健康影響予測評価)です。人々の健康は医療の範囲にとどまらず、雇用や住まい、交通、食品など、多くの政策や要因の影響を受けています。このように多岐にわたる政策や事業が、人々の健康に与える影響を評価するための手法として提案されたものがHIAです。昨年から、東大SPHでもHIAの講義が設けられ、受講生に大変好評でした。
1.HIAガイダンス
HIAの概念の普及の第一人者である、産業医科大学公衆衛生学教室の藤野義久先生と久保達彦先生をお招きし、ガイダンスをしていただきました。
藤野義久先生(産業医科大学公衆衛生学教室)
個人、もしくは集団の健康は、遺伝子や生活のみに規定されているわけではなく、労働環境や雇用など、様々な意味での環境から大きな影響を受けています。これは「健康の社会環境モデル」として、公衆衛生の根底としてある考え方です。この考え方に基づけば、保健医療以外の政策において、健康に配慮するメカニズムが必要ですが、実際には議論のなかに「健康」というキーワードすら挙がらないこともあります。
HIAは政策だけでなく、企業施策にも応用可能です。ただ、現在の産業保健においては、企業施策については産業保健の管理外という考え方が強く、事後的対応になってしまうことが多くあるとのことでした。
参加者の皆さまには、普段主に保健医療に関わる方が多くいらっしゃいます。しかし、保健医療とは関係のなさそうな政策・課題においても「健康」という視点を加えることが重要ということで、非常に興味深い様子で聴き入っていました。
2.HIAグループワーク
グループワークの題材として、ある企業での「女性三交代制勤務の導入」の事例提示をいただきました。これまで日勤だった女性労働者の一部に対し、深夜も含むシフト制を導入するというものです。
施策導入の背景について解説いただいた後、HIAの第一段階であるScreeningを実施します。まずは、影響を受ける集団を参加者全員で考えました。会場からは、女性労働者自身や職場の上司だけでなく、その家族、近隣のコンビニや保育所など、会社外のコミュニティにも影響が及ぶとの意見が挙げられました。これらの集団は全て影響を受けると考えられますが、今回は時間の関係上、最も議論の優先順位が高いと考えられる、交代勤務に選出された女性労働者自身について論点を絞って進めることになりました。
次に4つのグループに分かれて、対象集団において考えられる健康影響を挙げていきました。ネガティブな影響だけでなく、ポジティブな影響も同時に考えます。各グループで活発な議論が交わされた後、結果をシェアしました。ネガティブな面としては、交代勤務による生活時間のズレや、夜間の保育介護の担い手の問題、持病の管理が難しくなる、夜間に女性が移動することによる防犯上の問題などが複数のチームから挙げられました。ポジティブな面としては、収入の増加や、平日休みを有効活用できるといった点が挙げられました。ただし、飲酒量は増えるのか減るのか、どちらとも考えられるものもあり、積極的な意見交換が行われました。
第二段階はScoping(科学的情報の収集を実施するテーマと方法の選定)です。Screeningで挙げられた健康影響の中から、取り上げる項目を選定し、さらに評価方法を検討します。各グループで話し合った後、それぞれの結果をシェアしました。女性労働者本人に対するアンケートや面談による健康状態や家庭状況の把握、既に社内にあると考えられる人事データ等の活用、交代勤務の健康影響についての文献検索など、Screeningで挙げられた項目についての評価方法が検討されていました。Screeningで疾患について多くの項目を挙げていたグループでは、その情報収集法としてアンケートで既往歴を聞くという方法が挙げられており、ScreeningとScopingのつながりが見える結果となりました。
第三段階はAppraisal(科学的情報の収集)ですが、今回のワークでは先生方にご用意いただいた収集結果を参照しています。交代勤務による健康影響、女性労働者自身の健康・家庭状況調査結果などをご提示いただきました。
第四段階はRecommendationです。産業保健スタッフとして、事業所長に対してどのような提言を行うかを検討します。ここでもまず各グループでの話し合いがあり、その後結果をシェアしました。内容としては、女性労働者本人への十分な説明、健康状態や家庭状況に配慮した交代勤務者の選出、工場内への照明の設置等の夜間の安全対策、労災防止のための仮眠時間確保・仮眠室設置など、様々な提言が挙げられました。中には、女性労働者に対しエステを補助するというアイディアを考えたグループもありました。一見突飛なアイディアに見えますが、他のグループの参加者もこの提言に対し違和感がなく、受け入れられる雰囲気が作られていました。先生によるとこれは、性別や背景の異なる様々なメンバーが参加し、Screening、Scoping、Appraisalという段階それぞれで合意形成がなされ、女性労働者の価値観を共有できているから実現できることなのだということでした。
今回のご参加者の皆様の中には、産業保健スタッフとして今回のワークを直接活用できる方もいらっしゃることと思います。ただ、そうではない方でも、ご自身のコミュニティで制度の変更などがあることは珍しくないと思います。そのようなときに、HIAの概念と手法を改めて思い出していただき、健康影響についても考えてみていただければ幸いです。
今回のサロンは、これまでと比較しご講演の時間が短めで、グループワークの時間を長くとりました。長時間だったにも関わらず、どのチームも最後まで活発な議論を交わしてくださいました。ご参加者の皆様、ありがとうございました。また、藤野先生、久保先生の適切なご助言も、議論を進めるうえで欠かせないものでした。魅力的なプログラムに加え、その場その場でも参加者の理解が深まるようにご配慮くださり、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。